揚州の繁栄の礎となった「大運河」

揚州を語る上で「大運河」ははずせない。この長大な運河が揚州を交易の中心地にし、発展をもたらした。現在、市街地の東部に「京杭大運河」が流れ、その少し西に昔の大運河「古運河」がある。どちらも観光客のにぎわいはそれほどなく、静かに運河に向き合うことができる。
 

橋の上から眺める2つの運河
 
 揚州のへそのような位置に、昔の学問所の建物だった文昌閣が立っている。そこから東西に延びる揚州の目抜き通りが文昌路だ。2つの運河へ行くにはこの道路を使うのが便利だ。運河をまたぐ橋が、絶好のビューポイントになっている。運河は文昌閣からそれほど離れていない。文昌閣から東に1.5キロほど行くと、まず古運河に出合う。この運河は幅が50メートルほどしかないので、歴史を知らないと、どこにでもある川か水路だと思ってしまう。運河沿いには遊歩道が整備されている。夜はライトアップされ、遊覧船も運航される。ただ、物資輸送のための船はないといってよく、運河としての役割は既に終了している。
 京杭大運河は古運河の東約2.5キロの場所を南北に流れている。この運河は幅が200メートルほどあり、大小の船がひっきりなしに行き交っている。水運の大動脈として立派な現役だ。運河沿いに観光用の施設はなく、運河を船の上から見ることもできない。あくまで実用的な運河だ。橋の上に立つと、どこまでも延びる運河を眺めることができ、中国の大地のスケールが感じられる。1400年前にこの地に運河を築いて国の南北を結んだことは、中国の長い歴史の中でも1つのハイライトだといえるだろう。
 

古運河。船の往来がなく、静かな水路といった趣だ
 

古運河の北部に漁船が停留している。この運河で生活の糧を得ている人もいる
 

京杭大運河。船は内陸部で運航されるため、平たい形状をしている


京杭大運河の東のエリアは、10年ほど前までは田園地帯だった。最近は高層ビルの建設が急ピッチで進み、開発の波が押し寄せている