痩西湖と大明寺

揚州の中心市街地の少し北に「痩西湖」と「大明寺」がある。痩西湖は揚州で最も人気の高い景勝地で、大明寺は奈良時代に日本に渡った鑑真ゆかりの寺として知られる。この2つの名所は、日本人が揚州を訪れる際に欠かせない観光スポットになっている。
 

痩西湖 ~歴史に彩られた広大な公園~


痩西湖。湖は緑に囲まれている。特にしだれ柳が美しい。小さな遊覧船もあるので、湖の上から風景を眺めることもできる
 
 痩西湖は杭州の西湖にちなんで名づけられたが、西湖より小さく細長いのでこの名となった。公園の敷地は約130ヘクタールで、そのうちの3分の1が湖となっている。
 湖は大運河の水系とつながっていて、時の流れとともに形を変えていった。痩西湖の名が広く知れ渡ったのは清の乾隆年間で、湖のほとりの乾隆帝が釣り糸を垂れたとされる場所に釣魚台が立っている。
 敷地が広大なだけに門も多く、通常は南の正門から入る。入園料は120元で、大明寺とセットのチケットも145元で販売されている。園内は湖のほとりに遊歩道が整備され、そこを歩いて行けば名所を順に巡れるようになっている。園内は緑にあふれ、休憩できる場所もたくさんあるので、ゆっくりと見て回れる。


痩西湖の名所の1つとなっている二十四橋。その名の通り、数多くの橋が架かっている
 

釣魚台。乾隆帝が釣り糸を垂れたとされる場所だ。岬の先端にあずまやが立っている
 

公園の北部はこぢんまりとした日本的な庭園が多い。訪れる人もそれほど多くないので穴場だといえる
 

大明寺 ~静かな寺で鑑真の偉業をしのぶ~


大明寺の本堂である大雄宝殿。木々に囲まれ静かなたたずまいを見せている
 
 大明寺は痩西湖のすぐ北に位置している。痩西湖から行く場合は、北門を出ると近い。拝観料は30元となっている。
 ここは日本の仏教の発展に寄与した鑑真が住職を務めていた寺だ。鑑真は742年に大明寺の住職となり、遣唐使として中国に渡った日本の学問僧から日本へ戒律を伝えるよう要請を受けた。鑑真の弟子に日本へ渡ろうとする者はなく、鑑真は自ら日本へ行くことを決意した。翌743年から日本への渡航を試みるが5度にわたって失敗。苦難によって失明するという辛酸をなめながらも、753年に日本へ渡った。その後は平城京で聖武上皇をはじめとする多くの人たちに戒律を授けた。また、律宗の総本山である奈良の唐招提寺も建立している。
 大明寺には「鑑真記念堂」が立っている。鑑真逝去1200年を記念するため1973年に建てられたものだ。中国と日本の国交回復の翌年で、記念堂建設は中国の当時の首相だった周恩来の指示による。造りは唐招提寺の金堂を模している。内部には唐招提寺に安置されている国宝「鑑真和上坐像」のレプリカと遣唐使船の模型が展示されている。大明寺は痩西湖のような観光客のにぎわいはなく、落ち着いて境内を見学できる。


鑑真記念堂。鑑真ゆかりの唐招提寺の金堂がモデルとなっている
 

鑑真和上坐像のレプリカ。本物も1980年に揚州に「里帰り」して公開された
 

遣唐使船の模型。鑑真の像の傍らに展示されている